一つひとつ確実に!

出産を二週間後に控え、毎日慌ただしく過ごしている妊婦です。在宅の仕事がまだ終わっておらず、4歳の子供と主人、義父との四人生活をしているいるので家事も休めない状況です。そんな中でではありますが、やっと最近自分の時間を作る工夫をすることが大事だと気づけるようになりました。

時間は自分で作るもの、工夫次第でどうにでもなるものだと思いました。今まで、主人に掃除やったの?とか「かあちゃんは〇〇だった」とか言われて、比べられているようでものすごく嫌な気持ちがしていましたが、実際によく考えてみると出来ていない私がいました…。とにかく一つひとつを確実にやっていくしかないので、今出来る事を頑張りたいと思います。

幸い体は丈夫なようで、二週間前の今でも仕事も家事も育児も出来ているので何よりです。あとは今日・明日で何とか大きな仕事を終わらせて出産を迎えたいと思います。忙しい中でもずっと行きたかったカフェに行けたり、欲しいものは全て買えたので悔いはないです。

あとは、一日一つずつ引き出しを整理すること、少しでも断捨離をして綺麗にした状態で赤やんを迎えたいと思います。出産してからしばらくは慌ただしくなりそうなので、今のうちにリスト化してやりたい事をやっておきたいと思います。

奇物蒐集癖

昔から奇妙なものを集めるのが好きだった。

私が生まれたのは多摩川沿いの町で、

時折、草むらに毒の無い蛇が出るのだが、

彼らが脱皮した皮が残されている事がまれにあり、

それを宝物のように集めていた。

小さな石ころにクレヨンで絵を描いたもの、

綺麗な形の木の葉を本で挟んで栞にしたもの、

100円で買えるカプセル入りの人形。

どれも私にとっては宝物だったが、

家族からは「場所を取るから処分しなさい」と

いつも怒られてばかりだったような気がする。

荒川の上流沿いに住んでいた頃、

私は既に社会人になっていたのだが、

それでもこういった蒐集癖は治まらず、

休日、河原へ行く事が多かった。

ただ、集めていたのは石ころではなく、

「シーグラス」と呼ばれるものだ。

ゴミとして投棄されたガラス片などが、

川に流され、石や砂と擦れ合った結果、

角が取れて丸くなり、何かの原石のように見える、

そういった類のものだ。

薄い緑がかったもの、半透明に近いものなどは、

比較的見つけるのは容易だったのだが、

赤茶色のものだけは、非常に希にしか手に入らなかった。

きっとビールや日本酒などの酒瓶か何かが元なのだろうが、

考えてみればそれを投棄すればいやでも目立つ。

川に流れていくことも、やはり希なのだろう。

特にそれをあつめて、私は何かをする訳ではないし、

それが極端に高価な何かと交換できる訳でもない。

ただの自己満足だ。

だが、その美しいシーグラスを眺めながら、

これが自分のものなのだなぁ……と考えると、

妙に幸せな気分になれた。

今もまだ、そういった蒐集物がいくつもある。

きっとそれは、幸せなことなのだろう。